宴Cが聞いたであろう寺院の鐘をきいた。夕やけで停車場も家の屋根も人の顔も真赤だった。ヴィヤトカでまた雪。莫斯科《モスコウ》へ着く朝、スポウリエの寒駅で、はじめて常盤樹《ときわぎ》でない緑の色を見る。
野と丘と白樺の林と斑雪《まだらゆき》の長尺フィルムだった。
家。炊事のけむり。白樺。そこここに人。
吸口のながい巻煙草――十四|哥《カペイカ》。
白樺・白樺・白樺。
夕陽が汽車を追って走る。
赤い日記
疲弊。無智。不潔。不備。文盲。陽気。善良。貧乏。狡猾。野心。術数。議論。思潮。芸術。音楽。政策。叡智。隠謀。創業。経営。
これらの抽象名詞――露西亜《ロシア》人は国民性としてあらゆる抽象名詞を愛する――が、ごく少量の国際的反省のもとにこんとん[#「こんとん」に傍点]として沸騰している町、モスコウはいま何かを生み出そうとして、全人類史上の一大試練《エクスペリメント》に耐えようとしているのだ。だからシベリアの汽車で会ったと同じ「若い性格」の兵士と労働者と学生をもって充満し、まずしい現実のうえにうつくしい理論が輝き、すべての矛盾は赤色の宣伝びらで貼り隠され、「われらは無産者
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