Xえ二つ、宝石――贋《にせ》とほんものとを問わず――三個。但し結婚指輪は唯一つを既婚婦人にのみ許す。その他男女共通に、眼、耳、手、足を各《おのおの》二つ、鼻、口を一個ずつ特に旅行中の便宜のために黙認している。しかし、これが単なる通過《トランジト》ならばよほど寛大だ。が、そのかわり忘れてならない物品を列挙すれば、第一に決死の覚悟と大国民の襟度《きんど》。つぎに、優《まさ》に十日間は支えるに足る食糧。すなわち、ありとあらゆる缶詰、野菜、ぱんの類、および台所道具一切。とは言え、瓦斯《ガス》ストウブは必要あるまい。天幕《テント》夜具等も汽車のうごく限りなくて済むだろう。ただモスコウまで何日、あるいは何十日かかるか、それはひとえに時の運とそうして汽車の感情《テンパラメント》によるのだから、復活祭《パスハ》に乗込んでXマスの前夜に着くかも知れない。のみならず食堂車というのも名ばかりで、兵隊みたいな給仕のほか、政府の規則によりあまり多くの食品は積まないことにしているし、これも政府の規則によりときどき勝手に列車を離れるし、同じく政府の規則で、莫斯科《モスコウ》に近づくにつれてだんだん皿とフォウクだけに
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