Bもっとも、あふがにすたん国王のおかげで七日間の不便と受難を余儀なくされたのは私たちばかりじゃない。おなじ車だけでも日本人が九人、独逸《ドイツ》人の男女が各ひとり、あめりかのお婆さん、チェッコ・スロベキヤの青年、支那の紳士――これだけがモスコウへ着くまで一致団結して外敵|露西亜《ロシア》人へ当ることに申し合わせる。何しろ、人も怖れる西比利亜《シベリア》の荒野を共産党の汽車で横断しようというのだから、その騒ぎたるや正《まさ》に福島少佐の騎馬旅行以上だ。ことに本邦人は、知るも知らぬもお低頭《じぎ》しあって、
『や! どちらまで?』
『伯林《ベルリン》まで参ります。あなたは?』
『ちょっと巴里《パリー》へ。いや、どうも――。』、
『いや、どうも。』
名刺が飛ぶ。
『こういう者でございます。どうぞ宜《よろ》しく。』
『は。わたくしこそ。』
なんかと、そこはお互いににっぽん[#「にっぽん」に傍点]人だ。こうなると黄色い顔がばかに頼母《たのも》しい。これだけ揃ってれば、なあに矢でも鉄砲でも持ってこいっ! さあ、やってくれ! というので、わあっ[#「わあっ」に傍点]! とばかりシベリアさして威勢
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