體s会だから。
泣き顔に塗った白粉《おしろい》。死んだ伯父が愛用した古いふるい動かない銀時計。そんな言葉がよく当てはまるほど、私はハルビンを地球上にユニイクな市街だと思う。その光りと影、その廃頽《はいたい》と暗示、私は哈爾賓の持つ蕪雑《ぶざつ》な詩趣を愛する。
そこでは、この夜更けにも夕ぐれの色とにおいが隈《くま》なく往きわたって、いまこうしてキタイスカヤ街をまがろうとしている私と彼女に、眼のまえの「飯店《めしや》」の裏口に貼った紙がはっきりと読めるのだ。
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閑人免進悪狗咬人《かんじんすすむなかれあくいぬひとをかむ》
君子自重面欄莫怪《くんしじちょうめんらんあやしむなかれ》
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はじめの一行は「無用の者入るべからず」。
あとの君子自重は、其角《きかく》の「このところ小便無用花の山」に似て、後者の風流を狙って俗なるに比し、ずっと道学的に洒脱である。私が感心して立ちどまっていると、文字どおりに悪狗《あくいぬ》らしいのが、これもたそがれ[#「たそがれ」に傍点]のかげを引いて長く吠《ほ》えた。
日露戦争の癈兵《はいへい》らしい老人がふたり、
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