ス人も何人も薄あかりのなかを連れ立って帰って行くのだ。
 おちぶれた貴族が、猥雑な現在の生活においても、なおかつ過ぎ去った豪奢と栄誉を忘れ得ずに、いつか再び同じ日のまわってくることを固く信じてその望みにのみ生きている――といった|ものの哀れ《パセティック》なこころは、ハルビンとハルビンらしいすべての姿に胸を打って感じられる。この格蘭得火太立《グランド・ホテル》旅館がそうだ。その入口にはセゾンの終った歌劇の広告が老プリマドンナの白粉《おしろい》みたいに剥《は》げかかっていても、ちりめん紙を巻いたごむ[#「ごむ」に傍点]の木の鉢のかげには、確《たしか》に玄関番《ドアマン》の制服が金ぼたんを光らせているし、安物の絨毯《じゅうたん》は旅行者の踵《かかと》に踏みやぶられようとも、その大広間は赤の一色で装飾され、ジョニイ・ウォカアの広告油絵と、東支鉄道の灰皿と、大阪製の巨大な花瓶とを宝物のごとくに安置し、一九二四年度の加奈陀《カナダ》太平洋会社汽船案内と近着の巴里《パリー》雑誌ラ・ヴィ・パリジャンヌとが、隣り合わせにきちん[#「きちん」に傍点]と揃えてあり、食堂は、肥満せる猶太《ユダヤ》系|独逸《
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