ハと印刷してある。極楽寺とかいう近ごろ出来た支那寺の伝導標語であろう。楽隊がきた。羅馬《ローマ》字を裏から見るような露西亜語のびら[#「びら」に傍点]を自動車の腹へ掛けて、三人の楽手が、それでもみずからの貧しい旋律に十分陶酔して疾駆し去った。漢字の旗が板みたいに空《くう》に流れて立っていた。電影子園《でんえいしえん》というのは常設館のことだろう。「哀憐公子」と映画の題が大きく書いてあった。
風がひどい。町ぜんたいを引っ掻《か》き廻す気流の渦だ。市街の果ての平原に煙幕のような蒙古風が巻き立ったかと思うと、視界はもう人類最後の審判の日のように、赤く暗く霞《かす》んで、色の附いた空気があらゆる隙間から、室内へ、机の上へ、寝台へ、そして私たちの鼻口へ、おそらくは肺の底へまで音を立てて侵入してくるのだ。そのために椅子の背も人の肩も、十|哩《マイル》むこうの土砂の粉末を載せて真白である。咽喉《のど》が乾く。冬以来雨というものがないという。
が、一たびこの大規模な、そして色彩的な風が屋根を包んで過ぎると、あとには、火酒《ウォッカ》のように澄みきった大気のなかをうすら寒い日光が白くそそいで、哈爾賓
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