ナ呼ばれるわけだ。
 あらゆる人種と美しい罪の市場。
 海のない「上海《シャンハイ》」。
 そうして、極東の小|巴里《パリー》。
 さればこそ、どんな冒険にでも勇敢《ゲイム》であるべく、彼女の口紅は思いきり濃くなり、やけに意気っぽく帽子を曲げる。AHA!

   夕陽に十字を切る

 火酒《ウォッカ》のように澄み切った空気のなかを、うそ寒い日光が白くそそいで、しっとりと去年からの塵埃《ほこり》をかぶった建物と、骨の高い裸《はだ》かのどろ[#「どろ」に傍点]柳と、呪文のようなポスタアを貼った広告塔と、塑像のように動かない街角の支那巡査、ぬかるみのまま固化した裏通り、zig zag につづく木柵、剃刀みたいにひやり[#「ひやり」に傍点]と頬に接吻して行く松花江《しょうかこう》の風、そよぐ白楊《はくよう》と巻きあがる馬糞の粉と、猶太《ユダヤ》女の買物袋と帝政時代の侍従長のひげと。
 過去と未来が奇《きく》しく交響する、哈爾賓《ハルビン》はいつもたそがれ[#「たそがれ」に傍点]の街だ。
 そこでは、朝も昼も真夜中も、すべてが夕ぐれの持つ色とにおいで塗りつぶされて、その歴史もその市民も、坂も空地
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