ヨ向って、左から二番目と三番目の窓の中間、ちょうど鉄の支柱前方線路寄りの個処だ。が、いくら見廻しても、どこの停車場のプラットフォウムにもある、煤烟《ばいえん》と風雨によごれたこんくりいと[#「こんくりいと」に傍点]平面の一部に過ぎない。いや、平面と呼ぶべくそれはあまりにでこぼこして、汽車を迎えるために撒《ま》かれた小さな水たまりが、藁屑《わらくず》と露西亜《ロシア》女の唾と、蒼穹《そうきゅう》を去来する白雲《はくうん》の一片とをうかべているだけだった。
G氏の案内で構内食堂の隅に腰を下ろす。ここはその朝、外套に運動帽子といういでたちでレスナヤ街二十八号の友人|金成白《きんせいはく》――レスナヤ28は、いま、見たところ何の変哲もない荒れ果てた一住宅だ――の家を出た安重根が、近づく汽車の音に胸を押さえながら、ぽけっとのブロウニング式七連発を握りしめたという椅子である。殺した人も殺された人も、もうすっかり話しがついて、どこかしずかなところでこうして私達のようにお茶を喫《の》んでいるような気がしてならない。
ハルビン――不思議が不思議でない町。
OH・YES! HARBIN。いろんな別称
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