うしたんだろう。へんなやつ[#「やつ」に傍点]だね。」
「ええ。よほどの変りものなのね、きっと。」
さて――その唯一の通行人は「挙動不審」とあって拘引《こういん》され、審問の結果「交通妨害」のかどで見事に処罰されました。
あめりか当代人気作家ジョウジ・エイドの作風にしたがえば、ここにはどうしても彼のいわゆる俚諺《ことわざ》なるものが必要だ。曰く。
みだりに足を使うことは文明への冒涜《ぼうとく》である。
4
そうかと思うと、評判のいいエヴァスピイド・タキシの広告文に、
「食後の『御散歩』にはぜひ本タキシの御利用を!」
5
もう一つ自動車の漫画。
シカゴG街、一車庫のサインに所見。
「自動車預ります。それからフォウドも。」
6
当世めりけん女学生気質。
「伯母《アント》リジイ」というともうちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と決っている。
まず外観から申そうなら、案山子《かかし》のように痩せて鼻眼鏡をかけ、その鼻眼鏡に黒いひもをくっつけて耳へ垂らし、首にはレエス。鯨骨のコルセット。長い大きなスカアト。黒い靴下。ボンネット。携帯品としては聖書。晴天にも洋傘《こうもり》。日曜日には、猫が走っても犬が吠えても、顔をしかめて「OH! MY!」
生れはボストン。女学校評議員。教会伝道委員長。州政廓清期成同盟実行委員。ポウランド孤児救済会長。その他、短いスカアトを禁ずる運動。等々々の提唱者。
このリジイ伯母さんには、必ず大学へ通っている若い姪があって、伯母さんは、一年に二、三度は寄宿舎に女学生の姪を襲撃することになっている。だから、昔はよく女学生が電報――例の黄色いウエスタアン・ユニオン鐘組織《ベルシステム》の紙片――を手にして、校庭《キャンパス》の隅でしょげ[#「しょげ」に傍点]返っていたりすると、同室の仲間なんかが訊いたものだ。
「あら、ノウマさん、また田舎から伯母さんがいらっしゃるの?」
と、ノウマは泣き笑いの顔を上げて、かすかに頷首《うなず》いたりするのが定則《ていそく》になっていたが、ところがこのごろは!
姪のノウマ、伯母リジイの来襲を少しも恐れない。「アスユク」の電報をうけとるが早いか、彼女は寄宿舎じゅうをかけまわって、伯母さんをして眉をひそめしむるにたるあらゆる書物を借りて来て、それをずらりと炉棚《ろだな》や机の上に立てかけておく。おまけにあわてて部屋を掃除するかと思いのほか、みんなの手を借りていっそうちらかし、コーヒー茶碗に靴下留《ガアタア》がはいっていたり、エマアソンス・エッセイスに肌着《シミイ》がかぶさっていたり、賛美歌の上に煙草の吸殻をおいたり――そしていよいよ伯母さん到着の時刻になると、ジャズのレコオドをかけて「甘い接吻《キス》ほどあとが苦いよ、O! BOY!」
のみならずノウマ自身は、一ばん短い着物を着て書き黒子、映画の妖婦を気どって腰にしな[#「しな」に傍点]をつくりながら、喫めない煙草をふかしているところへ伯母さん入御。
伯母、呆《あき》れて無言。部屋じゅうをじろじろ見回す。と、つかつかと炉棚の机の前に行き、まず蔵書をしらべにかかる。
ノウマの借りあつめて来た本は、
エリナア・グリン著「恋の一週間」
アリス・コリンス著「恋の三週間」
ノウスウェル博士著「これだけは心得おくべし――結婚前の処女のために」
「性の神秘」
「蜜月旅行記」
「近代舞踏十二講」
このとき、ノウマの声は落ちついていた。
「伯母さん、あたしずいぶん骨を折って手に入れたのよ。だって発売禁止の本が多いんですもの。」
リジイ伯母さんは口がきけなかった。彼女が自分の激情を発表しうる唯一の方法は、持っている洋傘の先で、とん[#「とん」に傍点]と床を突くことだけだった。同時に蓄音機は大声を発して、「甘い接吻《キス》ほどあとが苦いよ。」
見るとノウマは、男のように足をひろげてどっかり[#「どっかり」に傍点]と椅子に腰を落したが、それはなにも伯母さんが観察したような近代的無作法のあらわれではなく、じつはノウマは、はじめての喫煙に眼がくらくらして来たにすぎない。
伯母リジイがぷんぷんしてさっそく帰り支度をはじめたとき、部屋のあちこちから友達の眼がのぞいて、そして、いちように笑いを堪《こら》えていた。
「可哀そうなノウマ!」
7
なにもかも大きく法螺《ブラグ》を吹っかけなければ気のすまないあめりか人、つい度がすぎて、
「ロッキイという山があるでしょう。あれは私の先祖が築いたんです。」
だまって聞いていたイギリス人が、この時にやり[#「にやり」に傍点]として、
「ははあ、そうですか。いや、たいしたもんですな。ところで、死海という海があるでしょう? あれは私の先祖が殺し
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