族」との自動車遠乗りとによって、もう今年じゅう一日のあきもなく日程ができあがっている。頭髪の色と黒子《ほくろ》の所在は毎日変って、年齢《ねんれい》区々《くく》。趣味として買物、慈善事業、詩人画家の招待。オペラ。
 場所。
 邸宅《マンション》と呼ばれなければ承知しない彼らの家。それも交友のヴァン・アスタア夫人が「発見」してから、近所に土地家屋売買事務所ができて地代が暴騰したという郊外の一区域。夫人の言によれば「昼夜、おどろくべき日光の照っている」ところ。
 そのパアラアで夫君が疲れきって煙草をふかしていると、夫人が忍んで来て、いきなり太い首っ玉にかじりつく。
「なんだ、蜂蜜《ハーネイ》じゃないか。びっくりしたよ。」
「あら、そうお! すみませんでしたわね。けど、『あたしのフランク』はきょうどうかしてるの? すこし鬱《ふさ》いでやしないこと?」
「うん。いや、なに――何でもないんだ。『小さなお姫さま』が心配することじゃあないんだよ。」
「だって、あなたがそう屈託顔をしていらっしゃると『小さなお姫さま』だって気になるわ。」
「いいんだよ。君はただ小鳥のように飛びまわって、お金を濫費《らんぴ》さえしていたら、何も文句はないじゃないか。」
「あら、ずいぶんね! 何がそんなに『あたしのフランク』を怒らせたんでしょう?」
「君の知ったこっちゃない。事業のことだ。」
「事業のことだってあたしにはわかるわ。お話してごらんなさいな。こう見えたってあたしにだっていい智慧が浮ばないともかぎらないことよ。」
「ばかな! 事務所の苦労はおれひとりに任しておくがいい。」
「だってそうはいかないわ。夫婦ですもの――そんな水くさい――。」
「じゃ、言うがね、帳簿が合わないんだ。」
「え? 何が合わないんですって?」
「帳簿帳簿! 帳簿が合わないんだ。」
「まあ? なんて大きなお声をなさるんでしょう! それが合わないと困るの?」
「困るとも! 帳簿が合わなきゃお前、何かそこに不正が行われている証拠じゃないか。」
「あら、困るわねえ合わない帳簿なんて。高価《たか》いもの、それ?」
「何が?」
「帳簿よ。」
「帳簿はそんなに高かないさ。」
「あら! ばかねえ『うちのフランク』は。高価いもんでなかったら、そんな合わない帳簿なんか捨てちまって、新しいのを買ったらどう? わけないじゃありませんか。」
 で、もしこれが漫画なら、ここで主人公は椅子から辷《すべ》りおちて、さしずめその頭から無数の星が飛び出ていようというところ。
 大戦以前には、それでもあめりかには、腕一本の男がお金を作る機会がまだまだ転がっていたので、男たちは金儲けに夢中になった結果「疲れたる企業家」はみな晩婚で、したがって細君には子供みたいに年のちがうのが多い。だから、「男の事業」「女のおしゃれ」と社会的に劃然《かくぜん》と区別がついていて、女は男の世界とその事業には無知であっていいどころか、その方が可愛いことになっているんだが、そのため男が実社会のドルに揉まれて狂奔している間に、女はひまにまかせて本を読んだり音楽を聞いたりするものだから、いやに文学好きになったり、情緒的に高くとまったりして男が急に下らない動物に見えて、フランスの公爵やルウマニヤの詩人やロシアの青年音楽家が、「高踏的《ハイ・ブラウ》に浅黒いタイプ」として女たちにもて[#「もて」に傍点]てきたわけ。あめりかの人はこのところこれら国外からの智的侵入者に対して共同戦線を張ろうとしているかたちだ。あめりかに離婚沙汰の多いのは、この「小さなお姫さま」が「あたしのフランク」に幻滅を感じだし、フランクはまた「お姫さま」を持てあましてきたところに大きな原因が存する。その間にあって活躍してきたのが、アドロフ・マンジュウ扮するところの好色有閑紳士・故ルディ・バレンチの専売の「シイク型」だ。ところが最近にいたって「小さなお姫さま」もその地位にあきたらなくなり、自分も早くから夫君の「事業」に首を突っ込んで、ともに苦労しようという傾向。そこで流行《はや》りだしたのが早婚の「友達結婚」。しかし、これで離婚の率が減るかどうかは、ちょっと判断をゆるすまい。

     3

 ユダヤ系大ジャズマニア帝国の印象。
 両側の高層建築物は雲へ突入して、道路は人造グランド・キャニヨン。
 昼でも暗いので電灯がかんかん[#「かんかん」に傍点]ついて、夜も昼のようだ。
 W・J・Zの放送。
 アロウ・カラア。
 車道は、自動車がぎっしりつまって流れるように動いているが、歩道には人っ子ひとり影を見せない。
 すると!
 ある街角へ来かかった時だった。向うからひとりの男が、その無人の境の往来を歩いて来るのを見て、自動車の窓から声あり。
「あらっ! 人が歩いてるわ。」
 同じく声。
「ど
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