勞し來りて新浴|方《まさ》に了り、徐ろに一盞の美酒を捧げて清風江月に對する時と孰れぞ。貧を※[#「血+おおざと」、第4水準2−88−4]み孤を助くる時、快は則ち快ならむも、佳人と携へて芬蘭の室に憑り、陶然として名手の樂に聽く時と孰れぞ。勉學に死し、慈善に狂せるの例は吾人の多く知らざる所なりと雖も、戀愛に對しては人生の價値寧ろ輕きを覺ゆるに非ずや。誤つて萬物の靈長と稱せられてより、人は漸く其の動物の本性を暴露するを憚り、自ら求めて、もしくは知らず/\其の本然の要求に反して虚僞の生活を營むに至る。而して吾人の見る所を以てすれば、人類をして茲に至らしめたるものは、實に人類をして萬物の靈長たらしめたる道徳と知識とに外ならず。知らず、道徳と知識と畢竟何の用ぞ。

     四 道徳と知識との相對的價値

 吾人の見る所によれば、道徳と知識とは、其物|自《みづか》らに於て多く獨立の價値を有するものに非ず。其の用は吾人が本能の發動を調攝し、其の滿足の持續を助成する所に存す。下等動物は、盲目なる本能の外に、自己を指導する何物をも有せざるを以て、往々不慮の災禍に罹るを免れず、隨つて其の滿足も亦不完全なら
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