者也。一切の聲色を斷絶して一神の向仰に專念す。世榮に競奔するものより見れば抑※[#二の字点、1−2−22]何等の呆癡ぞや。然れども誰か知らむ、彼等の生活には實に王者を艶羨せしめ得べきものある也。彼等は是の平和と安心と怡樂とを果して何處より得來りたる、富貴名利の外に人生の樂地を求め得たる彼等は幸なる哉。
詩人美術家が甘じて其好む所に殉したるの事例は讀者の既に熟知する所ならむ。畢竟藝術は彼等の生命也、理想也。是が爲に生死するは詩人たり美術家たる彼等の天職也。是の天職を全うせむが爲に、彼等の或者は食を路傍に乞へり、或者は其の故郷を追放せられたり、或者は帝王の怒に觸れて市に腰斬せられたり。あゝ死を以ても脅かすべからざる彼等の安心は貴き哉。富貴|前《まへ》にあり、名利|後《うしろ》にあり、其の意に反して一足を投ぜむ乎、是れ盡く彼等の物のみ。而かも彼等は斯くして得たる生に較ぶれば、死の遙に幸なることを認めし也。請ひ問はむ、世の富貴に誇り、權威に傲るものの幾人か能く這般の消息を悟了せる。
是の如きは美的生活の二三の事例也。金錢のみ人を富ますものに非ず、權勢のみ人を貴くするものに非ず、爾の胸に王國を認むるものにして、初めて與《とも》に美的生活を語るべけむ。
七 時弊及び結論
吾人の言甚だ過ぎたるものあるが如し。然れども讀者よ、時弊に憤る者の言はおのづから是の如くならざるを得ざる也。
何をか時弊と云ふ、吾人は是を數ふるの煩はしきに堪へざる也。夫《か》の道學先生の説く所を聞かずや、何ぞ其の拘々として缺々たる。彼等は、人の作りたるものを以て、天の造りたるものを律せむとするものに非ずや。處に隨うて變易すべき道徳に附與するに、萬能の威權を以てせむとするものに非ずや。彼等旦暮に叫んで曰く、爾の義務を盡し、爾の權利を全うせよと。彼等の所謂る義務とは、借りたるものを返すの謂に非ずや。彼等の所謂る權利とは、貸したるものを收むるの謂に非ずや。然れども人生の歸趣は貸借の外に超脱するを如何せむ。又|夫《か》の學究先生の訓ふる所を聞かずや、何ぞ其の迂遠にして吾等の生活と相關せざることの甚しき。知識は吾人の歎ずるところ、然れども知識其物に幾何の價値かある。宇宙は畢竟疑問の積聚也、人は是の疑問の解決を待つて初めて安じ得べくむば、吾人寧ろ生なきを幸とせむ。野の鳥を見よ、勞《はたら》かず、紡《
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