で》結びこめぬばかりの鳥羽殿《とばでん》には、去年《こぞ》より法皇を押籠《おしこ》め奉るさへあるに、明君《めいくん》の聞え高き主上《しゆじやう》をば、何の恙《つゝが》もお在《は》さぬに、是非なくおろし參らせ、清盛の女が腹に生れし春宮《とうぐう》の今年《ことし》僅に三歳なるに御位を讓らせ給ふ。あはれ聞きも及ばぬ奇怪の讓位かなとおもはぬ人ぞなかりける。一秋毎《ひとあきごと》に細りゆく民の竈《かまど》に立つ烟、それさへ恨みと共に高くは上《のぼ》らず。野邊《のべ》の草木《くさき》にのみ春は歸れども、世はおしなべて秋の暮、枯枝《かれえだ》のみぞ多かりける。元より民の疾苦《しつく》を顧みるの入道ならねば、野に立てる怨聲を何處《いづこ》の風とも氣にかけず、或は嚴島行幸に一門の榮華を傾け盡し、或は新都の經營に近畿《きんき》の人心を騷がせて少しも意に介せず。世を恨み義に勇みし源三位《げんざんみ》、數もなき白旗|殊勝《しゆしよう》にも宇治川の朝風《あさかぜ》に飜へせしが、脆《もろ》くも破れて空しく一族の血汐《ちしほ》を平等院《びやうどうゐん》の夏草《なつくさ》に染めたりしは、諸國源氏が旗揚《はたあげ》の先
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