ぜしづか》にして、世は盛《さか》りとこそは見ゆれども、入道相國が多年の非道によりて、天下の望み已《すで》に離れ、敗亡の機はや熟してぞ見えし。今にも蛭《ひる》が小島《こじま》の頼朝にても、筑波《つくば》おろしに旗揚《はたあ》げんには、源氏譜代の恩顧の士は言はずもあれ、苟《いやしく》も志を當代に得ず、怨みを平家《へいけ》に銜《ふく》める者、響の如く應じて關八州は日ならず平家の有《もの》に非ざらん。萬一斯かる事あらんには、大納言殿(宗盛)は兄の内府にも似ず、暗弱《あんじやく》の性質《うまれつき》なれば、素《もと》より物の用に立つべくもあらず。御子|三位《さんみ》の中將殿(維盛)は歌道《かだう》より外に何長《なにちやう》じたる事なき御身なれば、紫宸殿《ししいでん》の階下に源家《げんけ》の嫡流《ちやくりう》と相挑《あひいど》みし父の卿《きやう》の勇膽ありとしも覺えず。頭《とう》の中將殿(重衡)も管絃《くわんげん》の奏《しらべ》こそ巧《たく》みなれ、千軍萬馬の間に立ちて采配《さいはい》とらん器《うつは》に非ず。只々數多き公卿《くげ》殿上人《てんじやうびと》の中にて、知盛《とももり》、教經《のりつね
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