《かな》はず、御名殘《おんなごり》今更《いまさら》に惜《を》しまれて、其日は一日|坊《ばう》に閉籠《とぢこも》りて、内府が平生など思ひ出で、※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、76−2]向三昧《ゑかうざんまい》に餘念なく、夜に入りては讀經の聲いと蕭《しめ》やかなりし。
 先には横笛、深草の里に哀れをとゞめ、今は小松殿、盛年の御身に世をかへ給ふ。彼を思ひ是を思ふに、身一つに降《ふ》りかゝる憂《う》き事の露しげき今日《けふ》此ごろ、瀧口三|衣《え》の袖を絞りかね、法體《ほつたい》の今更《いまさら》遣瀬《やるせ》なきぞいぢらしき。實《げ》にや縁に從つて一念|頓《とみ》に事理《じり》を悟れども、曠劫《くわうごふ》の習氣《しふき》は一朝一夕に淨《きよ》むるに由なし。變相殊體《へんさうしゆたい》に身を苦しめて、有無流轉《うむるてん》と觀《くわん》じても、猶ほ此世の悲哀に離《はな》れ得ざるぞ是非もなき。
 徳を以て、將《はた》人を以て、柱とも石とも頼まれし小松殿、世を去り給ひしより、誰れ言ひ合はさねども、心ある者の心にかゝるは、同じく平家の行末なり。四方《よも》の波風靜《なみか
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