れを覺えたれば、とある路傍の民家に腰打ち掛けて、暫く休らひぬ。主婦は六十餘とも覺しき老婆なり、一椀の白湯《さゆ》を乞ひて喉《のんど》を濕《うるほ》し、何くれとなき浮世話《うきよばなし》の末、瀧口、『愚僧《ぐそう》が庵《いほり》は嵯峨の奧にあれば、此わたりには今日《けふ》が初めて。何處《いづこ》にも土地《とち》珍《めづら》しき話一つはある物ぞ、何《いづ》れ名にし負《お》はば、哀れも一入《ひとしほ》深草の里と覺ゆるに、話して聞かせずや』。老女は笑ひながら、『かゝる片邊《かたほとり》なる鄙《ひな》には何珍しき事とてはなけれども、其の哀れにて思ひ出だせし、世にも哀れなる一つの話あり。問ひ給ひしが困果《いんぐわ》、事長《ことなが》くとも聞き給へ。御身の茲に來られし途《みち》すがら、溪川《たにがは》のある邊《あたり》より、山の方にわびしげなる一棟《ひとむね》の僧庵を見給ひしならん。其庵の側に一つの小《さゝ》やかなる新塚あり、主が名は言はで、此の里人は只々|戀塚《こひづか》々々と呼びなせり。此の戀塚の謂《いはれ》に就きて、最《い》とも哀れなる物語の候《さふらふ》なり』。『戀塚とは餘所《よそ》ながら床
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