《ゆか》しき思ひす、剃《そ》らぬ前《まへ》の我も戀塚の主《あるじ》に半《なか》ばなりし事あれば』。言ひつゝ瀧口は呵々《から/\》と打笑へば、老婆は打消《うちけ》し、『否、笑ふことでなし。此月の初頃《はじめごろ》なりしが、畫にある樣《やう》な上※[#「※」は「くさかんむり」の下に「月+曷」、第3水準1−91−26、69−13]《じやうらふ》の如何なる故ありてか、かの庵室《あんしつ》に籠《こも》りたりと想ひ給へ。花ならば蕾、月ならば新月、いづれ末は玉の輿《こし》にも乘るべき人が、品もあらんに世を外《よそ》なる尼法師に樣を變へたるは、慕ふ夫《をつと》に別れてか、情《つれ》なき人を思うてか、何《ど》の途《みち》、戀路ならんとの噂。薪とる里人《さとびと》の話によれば、庵の中には玉を轉《まろ》ばす如き柔《やさ》しき聲して、讀經《どきやう》の響絶《ひゞきた》ゆる時なく、折々《をり/\》閼伽《あか》の水汲《みづく》みに、谷川に下りし姿見たる人は、天人《てんにん》の羽衣《はごろも》脱《ぬ》ぎて袈裟《けさ》懸《か》けしとて斯くまで美しからじなど罵り合へりし。心なき里人も世に痛はしく思ひて、色々の物など送り
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