や。あはれ横笛、乙女心の今更に、命に懸けて思ひ決めしこと空《あだ》となりては、歸り路に足進まず、我れやかたき、人や無情《つれな》き、嵯峨の奧にも秋風吹けば、いづれ浮世には漏れざりけり。

   第二十一

 胸中|一戀字《いちこひじ》を擺脱《はいだつ》すれば、便《すなは》ち十分爽淨、十分自在。人生最も苦しき處、只々是れ此の心。然ればにや失意の情に世をあぢきなく觀じて、嵯峨の奧に身を捨てたる齋藤時頼、瀧口入道と法《のり》の名に浮世の名殘《なごり》を留《とゞ》むれども、心は生死《しやうじ》の境を越えて、瑜伽三密の行の外、月にも露にも唱ふべき哀れは見えず、荷葉の三衣、秋の霜に堪へ難けれども、一杖一鉢に法捨を求むるの外、他に望なし。實《げ》にや輪王《りんのう》位高《くらゐたか》けれども七寶《しつぱう》終《つひ》に身に添はず、雨露《うろ》を凌がぬ檐《のき》の下にも圓頓《ゑんどん》の花は匂ふべく、眞如《しんによ》の月は照らすべし。旦《あした》に稽古の窓に凭《よ》れば、垣を掠《かす》めて靡く霧は不斷の烟、夕《ゆふべ》に鑽仰《さんがう》の嶺《みね》を攀《よ》づれば、壁を漏れて照る月は常住《じやうぢゆう
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