ては、月こそ中々に哀れ深けれ。横笛、今はとて、涙に曇《くも》る聲《こゑ》張上《はりあ》げて、『喃《のう》、瀧口殿、葉末《はずゑ》の露とも消えずして今まで立ちつくせるも、妾《わらは》が赤心《まごゝろ》打明けて、許すとの御身が一言《ひとこと》聞かんが爲め、夢と見給ふ昔ならば、情《つれ》なかりし横笛とは思ひ給はざるべきに、など斯くは慈悲なくあしらひ給ふぞ、今宵ならでは世を換へても相見んことのありとも覺えぬに、喃《のう》、瀧口殿』。
春の花を欺く姿、秋の野風に暴《さら》して、恨みさびたる其樣は、如何なる大道心者にても、心動《こゝろうご》かんばかりなるに、峰の嵐に埋《うづも》れて嘆きの聲の聞えぬにや、鈴の音は調子少しも亂れず、行ひすましたる瀧口が心、飜るべくも見えざりけり。
何とせん術《すべ》もあらざれば、横笛は泣く/\元來《もとき》し路《みち》を返り行きぬ。氷の如く澄める月影に、道芝《みちしば》の露つらしと拂ひながら、ゆりかけし丈《たけ》なる髮、優に波打たせながら、畫にある如き乙女の歩姿《かちすがた》は、葛飾《かつしか》の眞間《まゝ》の手古奈《てこな》が昔|偲《しの》ばれて、斯くもあるべし
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