そめ》にも數《かず》あるまじき君父の恩義|惜氣《をしげ》もなく振り捨てて、人の譏《そし》り、世の笑ひを思ひ給はで、弓矢とる御身に瑜伽《ゆが》三密の嗜《たしなみ》は、世の無常を如何に深く觀じ給ひけるぞ。ああ是れ皆此の身、此の横笛の爲《な》せし業《わざ》、刃《やいば》こそ當てね、可惜《あたら》武士を手に掛けしも同じ事。――思へば思ふほど、乙女心《をとめごゝろ》の胸塞《むねふさが》りて泣《な》くより外にせん術《すべ》もなし。
 吁々、協《かな》はずば世を捨てんまで我を思ひくれし人の情の程こそ中々に有り難けれ。儘ならぬ世の義理に心ならずとは言ひながら、斯かる誠ある人に、只々|一言《ひとこと》の返事《かへりごと》だにせざりし我こそ今更に悔《くや》しくも亦罪深けれ。手筐《てばこ》の底に祕《ひ》め置きし瀧口が送りし文、涙ながらに取り出して心遣《こゝろや》りにも繰《く》り返せば、先には斯くまでとも思はざりしに、今の心に讀みもて行く一字毎に腸《はらわた》も千切《ちぎ》るゝばかり。百夜《もゝよ》の榻《しぢ》の端《はし》がきに、今や我も數書《かずか》くまじ、只々つれなき浮世と諦《あきら》めても、命ある身のさ
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