すがに露とも消えやらず、我が思ふ人の忘れ難きを如何《いか》にせん。――など書き聯《つら》ねたるさへあるに、よしや墨染の衣に我れ哀れをかくすとも、心なき君には上《うは》の空とも見えん事の口惜《くちを》しさ、など硯の水に泪落《なみだお》ちてか、薄墨《うすずみ》の文字《もじ》定かならず。つらつら數ならぬ賤しき我身に引|較《くら》べ、彼を思ひ此を思へば、横笛が胸の苦しさは、譬へんに物もなし。世を捨てんまでに我を思ひ給ひし瀧口殿が誠の情《こゝろ》と竝ぶれば、重景が戀路は物ならず。況《ま》して日頃より文傳へする冷泉が、ともすれば瀧口殿を惡し樣《ざま》に言ひなせしは、我を誘《さそ》はん腹黒き人の計略《たくみ》ならんも知れず。斯く思ひ來れば、重景の何となう疎《うと》ましくなるに引き換へて、瀧口を憐れむの情愈々|切《せつ》にして、世を捨て給ひしも我れ故と思ふ心の身にひし/\と當りて、立ちても坐りても居堪《ゐたゝま》らず、窓打つ落葉のひゞきも、蟲の音《ね》も、我を咎むる心地して、繰擴《くりひろ》げし文《ふみ》の文字《もじ》は、宛然《さながら》我れを睨むが如く見ゆるに、目を閉ぢ耳を塞《ふさ》ぎて机の側らに伏
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