ん》せしと、誰れ言ふとなく大奧《おほおく》に傳はりて、さなきだに口善惡《くちさが》なき女房共、寄ると觸《さは》ると瀧口が噂に、横笛轟《とゞろ》く胸を抑《おさ》へて蔭ながら樣子を聞けば、情《つれ》なき戀路に世を果敢《はか》なみての業《わざ》と言ひ囃《はや》すに、人の手前も打ち忘れ、覺えず『そは誠か』と力を入れて尋ぬれば、女房共、『罪造りの横笛殿、可惜《あたら》勇士を木の端《はし》とせし』。人の哀れを面白げなる高笑《たかわらひ》に、是れはとばかり、早速《さそく》のいらへもせず、ツと己《おの》が部屋に走り歸りて、終日夜《ひねもすよ》もすがら泣き明かしぬ。
 
   第十七

『罪造りの横笛殿、あたら勇士に世を捨《す》てさせし』。あゝ半《なか》ば戲《たはむ》れに、半《なか》ば法界悋氣《ほふかいりんき》の此一語、横笛が耳には如何に響きしぞ。戀に望を失ひて浮世を捨てし男女の事、昔の物語に見し時は世に痛はしき事に覺えて、草色の袂に露の哀れを置きし事ありしが、猶《な》ほ現《うつゝ》ならぬ空事《そらごと》とのみ思ひきや、今や眼前かゝる悲しみに遇はんとは。而《しか》も世を捨てし其人は、命を懸けて己れを戀ひ
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