をはこぶは只々二人のみぞ殘りける。一人は齋藤瀧口にして、他の一人は足助二郎なり。横笛今は稍々《やゝ》浮世に慣れて、風にも露にも、餘所《よそ》ならぬ思ひ忍ばれ、墨染の夕《ゆふべ》の空に只々一人、連《つ》れ亙《わた》る雁の行衞|消《き》ゆるまで見送りて、思はず太息《といき》吐《つ》く事も多かりけり。二人の文を見るに付け、何れ劣らぬ情の濃《こまや》かさに心迷ひて、一つ身の何れを夫《それ》とも別ち兼ね、其れとは無しに人の噂に耳を傾くれば、或は瀧口が武勇|人《ひと》に勝《すぐ》れしを譽《ほ》むるもあれば、或は二郎が容姿《すがたかたち》の優しきを稱《たゝ》ふるもあり。共に小松殿の御内にて、世にも知られし屈指の名士。横笛愈々|心惑《こゝろまど》ひて、人の哀れを二重《ふたへ》に包みながら、浮世の義理の柵《しがらみ》に何方《いづかた》へも一言の應《いら》へだにせず、無情と見ん人の恨みを思ひやれば、身の心苦《こゝろぐる》しきも數ならず、夜半の夢|屡々《しば/\》駭きて、涙に浮くばかりなる枕邊《まくらべ》に、燻籠《ふせご》の匂ひのみ肅《しめ》やかなるぞ憐《あは》れなる。
 或日のこと。瀧口時頼が發心《ほつし
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