》、天下の望みを繋《つな》ぐ御身なれば、さすがの横紙《よこがみ》裂《やぶ》りける入道《にふだう》も心を痛め、此日|朝《あさ》まだき西八條より遙々《はる/″\》の見舞に、内府《ないふ》も暫く寢處《しんじよ》を出でて對面あり、半※[#「※」は「ひへん+向」、読みは「とき」、第3水準1−85−25、44−2」計《はんときばか》り經《へ》て還り去りしが、鬼の樣なる入道も稍々|涙含《なみだぐ》みてぞ見えにける。相隨ひし人々の、入道と共に還りし跡には、館《やかた》の中《うち》最《い》と靜にて、小松殿の側に侍《はんべ》るものは御子|維盛《これもり》卿と足助二郎重景のみ。維盛卿は父に向ひ、『先刻|祖父《そふ》禪門《ぜんもん》の御勸《おんすゝ》めありし宋朝渡來の醫師、聞くが如くんば世にも稀なる名手《めいしゆ》なるに、父上の拒《こば》み給ひしこそ心得ね』。訝《いぶかし》げに尋ぬるを、小松殿は打見やりて、はら/\と涙を流し、『形ある者は天命あり。三界の教主《けうしゆ》さへ、耆婆《きば》が藥にも及ばずして跋提河《ばつだいが》の涅槃《ねはん》に入り給ひき。佛體ならぬ重盛、まして唯ならぬ身の業繋《ごふけ》なれば、
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