と思ひ絶えしにあんなれ。何事も此の老婆《ばゞ》に任せ給へ、又しても心元《こゝろもと》なげに見え給ふことの恨めしや、今こそ枯技《かれえだ》に雪のみ積れども、鶯鳴かせし昔もありし老婆、萬《よろづ》に拔目《ぬけめ》のあるべきや』。袖もて口を覆《おほ》ひ、さなきだに繁き額の皺を集めて、ホヽと打笑ふ樣、見苦しき事言はん方なし。
後の日を約して小走りに歸り行く男の影をつく/″\見送りて、瀧口は枯木の如く立ちすくみ、何處ともなく見詰むる眼の光|徒《たゞ》ならず。『二郎、二郎とは何人《なんびと》ならん』。獨りごちつゝ首傾けて暫し思案の樣《さま》なりしが、忽ち眉揚《まゆあが》り眼鋭《まなこするど》く『さては』とばかり、面色《めんしよく》見る/\變りて握り詰めし拳ぶる/\と震ひぬ。何に驚きてか、垣根の蟲、礑《はた》と泣き止みて、空に時雨《しぐ》るゝ落葉|散《ち》る響だにせず。良《やゝ》ありて瀧口、顏色|和《やは》らぎて握りし拳も自《おのづか》ら緩み、只々|太息《といき》のみ深し。『何事も今の身には還らぬ夢の、恨みもなし。友を賣り人を詐る末の世と思へば、我が爲に善知識ぞや、誠なき人を戀ひしも浮世の習と思へ
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