、圓《まどか》なる影は二度まで見たるに、身の願の滿たん日は何れの頃にや。頼み甲斐なき懸橋《かけはし》よ』。
 怨みの言葉を言はせも敢へず、老女は疎《まば》らなる齒莖《はぐき》を顯はしてホヽと打笑《うちゑ》み、『然《さ》りとは戀する御身にも似合はぬ事を。此の冷泉に如才《じよさい》は露なけれども、まだ都慣れぬ彼の君なれば、御身が事|可愛《いと》しとは思ひながら、返す言葉のはしたなしと思はれんなど思ひ煩うてお在《は》すにこそ、咲かぬ中《うち》こそ莟ならずや』。言ひつゝツと男の傍に立寄りて耳に口よせ、何事か暫し囁《さゝや》きしが、一言毎《ひとことごと》に點頭《うなづ》きて冷《ひやゝ》かに打笑める男の肩を輕く叩きて、『お解《わか》りになりしや、其時こそは此の老婆《ばゞ》にも、秋にはなき梶の葉なれば、渡しの料《しろ》は忘れ給ふな、世にも憎きほど羨ましき二郎ぬしよ』。男は打笑ふ老女の袂を引きて、『そは誠か、時頼めはいよ/\思ひ切りしとか』。
 己れが名を聞きて、松影に潛める瀧口は愈々耳を澄しぬ。老女『此春より引きも切らぬ文の、此の二十日計りはそよとだに音なきは、言はでも著《し》るき、空《あだ》なる戀
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