》の忝《かたじけな》さと、是非もなき身の不忠を想ひやれば、御言葉の節々《ふし/″\》は骨を刻《きざ》むより猶つらかりし。哀れ心の灰に冷え果てて浮世に立てん烟もなき今の我、あゝ何事も因果なれや。
 月は照れども心の闇に夢とも現《うつゝ》とも覺えず、行衞もしらず歩み來りしが、ふと頭を擧ぐれば、こはいかに身は何時《いつ》の間にか御所の裏手、中宮の御殿の邊《ほとり》にぞ立てりける。此春より來慣れたる道なればにや、思はぬ方に迷ひ來しものかなと、無情《つれな》かりし人に通ひたる昔忍ばれて、築垣《ついがき》の下《もと》に我知らず彳《たゝず》みける。折柄傍らなる小門の蔭にて『横笛』と言ふ聲するに心付き、思はず振向けば、立烏帽子に狩衣《かりぎぬ》着たる一個の侍《さむらひ》の此方に背を向けたるが、年の頃五十計りなる老女と額を合せて囁《さゝや》けるなり。

   第十三

 月より外に立聞ける人ありとも知らで、件の侍は聲|潛《ひそ》ませて、『いかに冷泉《れいぜい》、折重《をりかさ》ねし薄樣《うすやう》は薄くとも、こめし哀れは此秋よりも深しと覺ゆるに、彼の君の氣色《けしき》は如何なりしぞ。夜毎の月も數へ盡して
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