に咽《むせ》ぶのみ。風にあらで小忌《をみ》の衣《ころも》に漣立《さゞなみた》ち、持ち給へる珠數震ひ搖《ゆら》ぎてさら/\と音するに瀧口|首《かうべ》を擡《もた》げて、小松殿の御樣見上ぐれば、燈の光に半面を背《そむ》けて、御袖の唐草《からくさ》に徒《たゞ》ならぬ露を忍ばせ給ふ、御心の程は知らねども、痛はしさは一入《ひとしほ》深し。夜も更《ふ》け行きて、何時《いつ》しか簾《みす》を漏れて青月の光凄く、澄み渡る風に落葉ひゞきて、主が心問ひたげなり。
 蟲の音《ね》亙《わた》りて月高く、いづれも哀れは秋の夕、憂《う》しとても逃《のが》れん術《すべ》なき己《おの》が影を踏みながら、腕叉《うでこまぬ》きて小松殿の門《かど》を立ち出でし瀧口時頼。露にそぼちてか、布衣《ほい》の袖重げに見え、足の運《はこび》さながら醉へるが如し。今更《いまさら》思ひ決《さだ》めし一念を吹きかへす世に秋風はなけれども、積り積りし浮世の義理に迫られ、胸は涙に塞《ふさが》りて、月の光も朧《おぼろ》なり。武士の名殘も今宵《こよひ》を限り、餘所《よそ》ながらの告別とは知り給はで、亡からん後まで頼み置かれし小松殿。御仰《おんおほせ
前へ 次へ
全135ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング