ご》の頼みなるぞ』。
『そは時頼の分《ぶん》に過ぎたる仰せにて候ぞや。現在|足助《あすけ》二郎重景など屈竟《くつきやう》の人々、少將殿の扈從《こしよう》には候はずや。若年未熟《じやくねんみじゆく》の時頼、人に勝《まさ》りし何の能《のう》ありて斯かる大任を御受け申すべき』。
『否々左にあらず。いかに時頼、六波羅上下の武士が此頃の有樣を何とか見つる。一時の太平に狎《な》れて衣紋裝束《えもんしやうぞく》に外見《みえ》を飾れども、誠《まこと》武士の魂あるもの幾何かあるべき。華奢風流に荒《すさ》める重景が如き、物の用に立つべくもあらず。只々彼が父なる與三左衞門景安は平治の激亂の時、二條堀河の邊りにて、我に代りて惡源太が爲に討たれし者ゆゑ、其の遺功を思うて我名の一字を與へ、少將が扈從《こしよう》となせしのみ。繰言《くりごと》ながら維盛が事頼むは其方一人。少將|事《こと》あるの日、未練の最期を遂ぐるやうのことあらんには、時頼、予は草葉の蔭より其方を恨むぞよ』。
思ひ入りたる小松殿の御氣色《みけしき》、物の哀れを含めたる、心ありげの語《ことば》の端々《はし/″\》も、餘りの忝なさに思ひ紛れて只々感涙
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