にて、今年|方《まさ》に二十《はたち》の壯年《わかもの》、上下同じ素絹《そけん》の水干の下に燃ゆるが如き緋の下袍《したぎ》を見せ、厚塗《あつぬり》の立烏帽子に平塵《ひらぢり》の細鞘なるを佩《は》き、袂豐《たもとゆたか》に舞ひ出でたる有樣、宛然《さながら》一幅の畫圖とも見るべかりけり。二人共に何れ劣らぬ優美の姿、適怨清和、曲《きよく》に隨つて一絲も亂れぬ歩武の節、首尾能く青海波《せいがいは》をぞ舞ひ納めける。滿座の人々感に堪へざるはなく、中宮《ちゆうぐう》よりは殊に女房を使に纏頭《ひきでもの》の御衣《おんぞ》を懸けられければ、二人は面目《めんもく》身に餘りて退《まか》り出でぬ。跡にて口善惡《くちさが》なき女房共は、少將殿こそ深山木《みやまぎ》の中の楊梅、足助殿《あすけどの》こそ枯野《かれの》の小松《こまつ》、何れ花も實《み》も有る武士《ものゝふ》よなどと言い合へりける。知るも知らぬも羨まぬはなきに、父なる卿の眼前に此《これ》を見て如何許《いかばか》り嬉しく思い給ふらんと、人々上座の方を打ち見やれば、入道相國の然《さ》も喜ばしげなる笑顏《ゑがほ》に引換《ひきか》へて、小松殿は差し俯《うつぶ
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