の勝手《かつて》の理窟、左衞門聞く耳持たぬぞ。無常困果と、世にも癡《たは》けたる乞食坊主のえせ假聲《こわいろ》、武士がどの口もて言ひ得る語《ことば》ぞ。弓矢とる身に何の無常、何の困果。――時頼、善く聞け、畜類の狗《いぬ》さへ、一日の飼養に三年の恩を知ると云ふに非ずや。匐《は》へば立て、立てば歩めと、我が年の積《つも》るをも思はで育て上げし二十三年の親の辛苦、さては重代相恩《ぢゆうだいさうおん》の主君にも見換へんもの、世に有りと思ふ其方は、犬にも劣りしとは知らざるか。不忠とも、不孝とも、亂心とも、狂氣とも、言はん樣なき不所存者、左衞門が眼には、我子の容《かたち》に化《ば》けし惡魔とより外は見えざるぞ、それにても見事其處に居直りて、齋藤左衞門茂頼が一子ぞと言ひ得るか、ならば御先祖の御名立派に申して見よ。其方より暇乞ふ迄もなし、人の數にも入らぬ木の端《はし》は、勿論親でもなく、子でもなし。其一念の直らぬ間は、時頼、シヽ七生までの義絶ぞ』。言ひ捨てて、襖立切《ふすまたてき》り、疊觸《たゝみざは》りはも荒々《あら/\》しく、ツと奧に入りし左衞門。跡見送らんともせず、時頼は兩手をはたとつきて、兩眼
前へ 次へ
全135ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング