迄とこそ思はれ候へ。只々是れまで思ひ決めしまで重ね/″\し幾重の思案をば、御知りなき父上には、定めて若氣《わかげ》の短慮とも、當座の上氣《じやうき》とも聞かれつらんこそ口惜しけれ、言はば一生の浮沈に關《かゝは》る大事、時頼不肖ながらいかでか等閑《なほざり》に思ひ候べき。詮ずるに自他の悲しみを此胸一つに收め置いて、亡《なか》らん後の世まで知る人もなき身の果敢《はか》なさ、今更《いまさら》是非もなし。父上、願ふは此世の縁を是限《これかぎ》りに、時頼が身は二十三年の秋を一期に病の爲に敢《あへ》なくなりしとも御諦《おんあきら》め下されかし。不孝の悲しみは胸一つには堪へざれども、御詫《おんわび》申さんに辭《ことば》もなし、只々|御赦《おんゆる》しを乞ふ計りに候』。
濺《そゝ》ぐ涙に哀れを籠《こ》めても、飽くまで世を背に見たる我子の決心、左衞門|今《いま》は夢とも上氣とも思はれず、愛《いと》しと思ふほど彌増《いやま》す憎《にく》さ。慈悲と恩愛に燃ゆる怒の焔《ほのほ》に滿面|朱《しゆ》を濺げるが如く、張り裂く計りの胸の思ひに言葉さへ絶え/″\に、『イ言はして置けば父をさし置きて我れ面白《おもしろ》
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