の沙汰ならば容赦《ようしや》もせん、性根《しやうね》を据ゑて、不所存のほど過《あやま》つたと言はぬかツ』。兩の拳を握りて、怒りの眼は鋭けれども、恩愛の涙は忍ばれず、雙頬傳うてはふり落つるを拭ひもやらず、一息つよく、『どうぢや、時頼、返答せぬかッ』。
第十
深く思ひ決《さだ》めし瀧口が一念は、石にあらねば轉《まろ》ばすべくもあらざれども、忠と孝との二道《ふたみち》に恩義をからみし父の言葉。思ひ設けし事ながら、今更に腸《はらわた》も千切《ちぎ》るゝばかり、聲も涙に曇りて、見上ぐる父の顏も定かならず、『仰せらるゝ事、時頼いかで理《ことわり》と承らざるべき。小松殿の御事は云ふも更なり、年寄り給ひたる父上に、斯かる嘆《なげき》を見參らする小子《それがし》が胸の苦しさは喩ふるに物もなけれども、所詮浮世と觀じては、一切の望に離れし我心、今は返さん術《すべ》もなし、忠孝の道、君父の恩、時頼何として疎《おろそ》かに存じ候べき。然《さ》りながら、一度人身を失へば萬劫還らずとかや、世を換へ生を移しても、生死妄念を離れざる身を思へば、悟《さとり》の日の晩《おそ》かりしに心|急《せ》かれて、世は是れ
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