徹《こた》へ候。惟《おもんみ》れば誰が保ちけん東父西母が命《いのソ》、誰が嘗《な》めたりし不老不死の藥、電光の裏に假の生を寄せて、妄念の間に露の命を苦しむ、愚《おろか》なりし我身なりけり。横笛が事、御容しなきこと小子《それがし》に取りては此上もなき善知識。今日《けふ》を限りに世を厭ひて誠の道に入り、墨染の衣《ころも》に一生を送りたき小子《それがし》が決心。二十餘年の御恩の程は申すも愚《おろか》なれども、何れ遁《のが》れ得ぬ因果の道と御諦《おんあきらめ》ありて、永《なが》の御暇《おんいとま》を給はらんこと、時頼が今生《こんじやう》の願に候』。胸一杯の悲しみに語《ことば》さへ震へ、語り了ると其儘、齒根《はぐき》喰ひ絞《しば》りて、詰《き》と耐ゆる斷腸の思ひ、勇士の愁歎、流石《さすが》にめゝしからず。
 過ぎ越《こ》せし六十餘年の春秋、武門の外を人の住むべき世とも思はず、涙は無念の時出づるものぞと思ひし左衞門が耳に、哀れに優しき瀧口が述懷の、何として解《と》かるべき。歌詠《うたよ》む人の方便とのみ思ひ居し戀に惱みしと言ふさへあるに、木の端《はし》とのみ嘲りし世捨人《よすてびと》が現在我子の願
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