六尺の體によくも擔《にな》ひしと自らすら駭く計りなる積り/\し憂事《うきこと》の數、我ならで外に知る人もなく、只々戀の奴よ、心弱き者よと世上《せじやう》の人に歌はれん殘念さ、誰れに向つて推量あれとも言はん人なきこそ、返す返すも口惜しけれ。此儘の身にては、どの顏|下《さ》げて武士よと人に呼ばるべき、腐れし心を抱《いだ》きて、外見ばかりの伊達《だて》に指さん事、兩刀の曇なき手前に心とがめて我から忍びず、只々此上は横笛に表向き婚姻を申入るゝ外なし、されどつれなき人心、今更靡かん樣もなく、且や素性《すじやう》賤《いや》しき女子なれば、物堅き父上の御容《おんゆる》しなき事|元《もと》より覺悟候ひしが、只々最後の思出《おもひで》にお耳を汚したるまでなりき。所詮天魔に魅入《みい》られし我身の定業《ぢやうごふ》と思へば、心を煩はすもの更になし。今は小子《それがし》が胸には横笛がつれなき心も殘らず、月日と共に積りし哀れも宿さず、人の恨みも我が愛《いつく》しみも洗ひし如く痕なけれども、殘るは只々此世の無常にして頼み少きこと、秋風の身にしみ/″\と感じて有漏《うろ》の身の換へ難き恨み、今更|骨身《ほねみ》に
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