第九

 天にも地にも意外の一言に、左衞門呆れて口も開かず、只々其子の顏色打ち※[#「※」は「めへん+帝」、読みは「まも」、28−2]《まも》れば、瀧ロは徐ろに涙を拂ひ、『思ひの外なる御驚《おんおどろき》きに定めて浮《うわ》の空《そら》とも思《おぼ》されんが、此願ひこそは時頼が此座の出來心《できごゝろ》にては露候《つゆさふら》はず、斯かる曉にはと豫《かね》てより思決《おもひさだ》めし事に候。事の仔細を申さば、只々御心に違《たが》ふのみなるべけれども、申さざれば猶ほ以て亂心の沙汰とも思召《おぼしめ》されん。申すも思はゆげなる横笛が事、まこと言ひ交《かは》せし事だになけれども、我のみの哀れは中々に深さの程こそ知れね、つれなき人の心に猶更《なほさ》ら狂ふ心の駒を繋がむ手綱《たづな》もなく、此の春秋《はるあき》は我身ながら辛《つら》かりし。神かけて戀に非ず、迷に非ずと我は思へども、人には浮氣とや見えもしけん。唯々|劒《つるぎ》に切らん影もなく、弓もて射ん的《まと》もなき心の敵に向ひて、そも幾《いく》その苦戰をなせしやは、父上、此の顏容《かほかたち》のやつれたるにて御推量下されたし。時頼が
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