其方《そち》に限りて浮きたる事のあるべきとも思はれねば、心も措かで過ぎ來りしが、思へば父が庇蔭目《ひいきめ》の過《あやま》ちなりし。神以て戀にあらずとは何處《どこ》まで此父を袖になさんずる心ぞ、不埒者め。話にも聞きつらん、祖先|兵衞《ひやうゑ》直頼殿、餘五將軍《よごしやうぐん》に仕《つか》へて拔群《ばつくん》の譽を顯はせしこのかた、弓矢《ゆみや》の前には後《おく》れを取らぬ齋藤の血統《ちすぢ》に、女色《によしよく》に魂を奪はれし未練者は其方が初めぞ。それにても武門の恥と心付かぬか、弓矢の手前に面目なしとは思はずか。同じくば名ある武士の末にてもあらばいざしらず、素性《すじやう》もなき土民郷家の娘に、茂頼斯くて在らん内は、齋藤の門をくゞらせん事思ひも寄らず』。
老《おい》の一徹短慮に息卷《いきま》き荒《あら》く罵れば、時頼は默然として只々|差俯《さしうつむ》けるのみ。やゝありて、左衞門は少しく面《おもて》を和《やは》らげて、『いかに時頼、人若《ひとわか》き間は皆|過《あやま》ちはあるものぞ、萌え出《い》づる時の美《うる》はしさに、霜枯《しもがれ》の哀れは見えねども、何《いづ》れか秋に遭《
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