申すは如何《いかゞ》なものなれども、二十を越えてはや三歳にもなりたれば、家に洒掃の妻なくては萬《よろづ》に事缺《ことか》けて快《こゝろよ》からず、幸ひ時頼|見定《みさだ》め置きし女子《をなご》有れば、父上より改めて婚禮を御取計らひ下されたく、願ひと言ふは此事に候』。人傳《ひとづ》てに名を聞きてさへ愧《はぢ》らふべき初妻《うひづま》が事、顏赤らめもせず、落付き拂ひし語《ことば》の言ひ樣、仔細ありげなり。左衞門笑ひながら、『これは異《い》な願ひを聞くものかな、晩《おそ》かれ早かれ、いづれ持たねばならぬ妻なれば、相應《ふさ》はしき縁もあらばと、老父《われ》も疾くより心懸け居りしぞ。シテ其方《そなた》が見定め置きし女子とは、何れの御内《みうち》か、但しは御一門にてもあるや、どうぢや』。『小子《それがし》が申せし女子は、然《さ》る門地ある者ならず』。『然《さ》らばいかなる身分《みぶん》の者ぞ、衞府附《ゑふづき》の侍《さむらひ》にてもあるか』。『否《いや》、さるものには候はず、御所の曹司に横笛と申すもの、聞けば御室《おむろ》わたりの郷家の娘なりとの事』。
瀧口が顏は少しく青ざめて、思ひ定めし眼の
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