誰か測り、誰か知る。然《さ》なり、情《つれ》なしと見、心なしと思ひしは、僻める我身の誤なりけり。然るにても――
 瀧口の胸は麻の如く亂れ、とつおいつ、或は恨み、或は疑ひ、或は惑ひ、或は慰め、去りては來り、往きては還り、念々不斷の妄想、流は千々に異《かは》れども、落行く末はいづれ同じ戀慕の淵。迷の羈絆《きづな》目に見えねば、勇士の刃も切らんに術《すべ》なく、あはれや、鬼も挫《ひし》がんず六波羅一の剛《がう》の者《もの》、何時《いつ》の間《ま》にか戀の奴《やつこ》となりすましぬ。
 一夜|時頼《ときより》、更闌《かうた》けて尚ほ眠りもせず、意中の幻影《まぼろし》を追ひながら、爲す事もなく茫然として机に憑《よ》り居しが、越し方、行末の事、端《はし》なく胸に浮び、今の我身の有樣に引き比《くら》べて、思はず深々《ふかぶか》と太息《といき》つきしが、何思ひけん、一聲高く胸を叩いて躍り上《あが》り、『嗚呼|過《あやま》てり/\』。

   第七

 歌物語《うたものがたり》に何の癡言《たはこと》と聞き流せし戀てふ魔に、さては吾れ疾《とく》より魅《み》せられしかと、初めて悟りし今の刹那に、瀧口が心は如
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