をこめし千束《ちづか》なす文は、底なき谷に投げたらん礫《つぶて》の如く、只の一度の返り言《ごと》もなく、天《あま》の戸《と》渡《わた》る梶の葉に思ふこと書く頃も過ぎ、何時《いつ》しか秋風の哀れを送る夕まぐれ、露を命の蟲の音の葉末にすだく聲悲し。

   第六

 思へば我しらで戀路《こひぢ》の闇に迷ひし瀧口こそ哀れなれ。鳥部野《とりべの》の煙絶ゆる時なく、仇し野の露置くにひまなき、まゝならぬ世の習はしに漏るゝ我とは思はねども、相見ての刹那に百年《もゝとせ》の契をこむる頼もしき例《ためし》なきにもあらぬ世の中に、いかなれば我のみは、天の羽衣《はごろも》撫で盡《つく》すらんほど永き悲しみに、只々|一時《ひととき》の望みだに得協《えかな》はざる。思へば無情《つれな》の横笛や、過ぎにし春のこのかた、書き連《つら》ねたる百千《もゝち》の文に、今は我には言殘せる誠もなし、良《よ》しあればとて此上短き言の葉に、胸にさへ餘る長き思を寄せん術《すべ》やある。情《つれ》なの横笛や、よしや送りし文は拙くとも、變らぬ赤心《まこと》は此の春秋の永きにても知れ。一夜の松風に夢さめて、思寂《おもひさび》しき衾《ふす
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