のみ秀で、凄きほど色|蒼白《あを》みて濃《こまや》かなる雙の鬢のみぞ、愈々其の澤《つや》を増しける。氣向《きむ》かねばとて、病と稱して小松殿が熊野參寵の伴《とも》にも立たず、動《やゝ》もすれば、己が室に閉籠りて、夜更くるまで寢もやらず、日頃は絶えて用なき机に向ひ、一|穗《すゐ》の燈《ともしび》挑《かゝ》げて怪しげなる薄色の折紙《をりがみ》延べ擴げ、命毛《いのちげ》の細々と認むる小筆の運び絶間なく、卷いてはかへす思案の胸に、果は太息《といき》と共に封じ納むる文の數々《かず/\》、燈の光に宛名を見れば、薄墨の色の哀れを籠めて、何時の間に習ひけん、貫之流《つらゆきりう》の流れ文字に『横笛さま』。
 世に艷《なまめ》かしき文てふものを初めて我が思ふ人に送りし時は、心のみを頼みに安からぬ日を覺束なくも暮らせしが、籬に觸るゝ夕風のそよとの頼《たより》だになし。前もなき只の一度に人の誠のいかで知らるべきと、更に心を籠めて寄する言の葉も亦|仇《あだ》し矢の返す響もなし。心せはしき三度《みたび》五度《いつたび》、答なきほど迷ひは愈々深み、氣は愈々狂ひ、十度、二十度、哀れ六尺の丈夫《ますらを》が二つなき魂
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