吾等を尻目に懸けて輕薄武士と言はぬ計りの顏、今更|何處《どこ》に下げて吾等に對《むか》ひ得るなど、後指《うしろゆび》さして嘲り笑ふものあれども、瀧口少しも意に介せざるが如く、應對等は常の如く振舞ひけり。されど自慢の頬鬢|掻撫《かいな》づる隙《ひま》もなく、青黛の跡絶えず鮮かにして、萌黄《もえぎ》の狩衣《かりぎぬ》に摺皮《すりかは》の藺草履《ゐざうり》など、よろづ派手やかなる出立《いでたち》は人目に夫《それ》と紛《まが》うべくもあらず。顏容《かほかたち》さへ稍々|窶《やつ》れて、起居《たちゐ》も懶《ものう》きがごとく見ゆれども、人に向つて氣色《きしよく》の勝《すぐ》れざるを喞ちし事もなく、偶々《たま/\》病などなきやと問ふ人あれば、却つて意外の面地《おももち》して、常にも増して健かなりと答へけり。
皆是れ戀の業《わざ》なりとは、哀れや時頼未だ夢にも心づかず、我ともなく人ともあらで只々思ひ煩へるのみ。思ひ煩へる事さへも心自ら知らず、例へば夢の中に伏床《ふしど》を拔け出でて終夜出《よもすがらやま》の巓《いたゞき》、水の涯《ほとり》を迷ひつくしたらん人こそ、さながら瀧口が今の有樣に似たりとも
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