ぜ》に溶《と》けたらんが如く、若しくは滿身の力をはりつめし手足《てあし》の節々《ふし/″\》一時に緩《ゆる》みしが如く、茫然として行衞も知らぬ通路《かよひぢ》を我ながら踏み迷へる思して、果は舞《まひ》終り樂《がく》收まりしにも心付かず、軈て席を退《まか》り出でて何處ともなく出で行きしが、あはれ横笛とは時頼其夜初めて覺えし女子の名なりけり。
 日來《ひごろ》快濶にして物に鬱する事などの夢にもなかりし時頼の氣風|何時《いつ》しか變りて、憂《うれ》はしげに思ひ煩《わづら》ふ朝夕の樣|唯《ただ》ならず、紅色《あかみ》を帶びしつや/\しき頬の色少しく蒼ざめて、常にも似で物言ふ事も稀になり、太息《といき》の數のみぞ唯ゝ増さりける。果は濡羽《ぬれは》の厚鬢《あつびん》に水櫛當《みづぐしあて》て、筈長《はずなが》の大束《おほたぶさ》に今樣の大紋《だいもん》の布衣《ほい》は平生の氣象に似もやらずと、時頼を知れる人、訝しく思はぬはなかりけり。

   第五

 打つて變りし瀧口が今日此頃《けふこのごろ》の有樣に、あれ見よ、當世嫌ひの武骨者《ぶこつもの》も一度は折らねばならぬ我慢なるに、笑止や日頃《ひごろ》
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