頼は自《おのづ》から儕輩《ひと/″\》に疎《うとん》ぜられ、瀧口時頼とは武骨者の異名《いみやう》よなど嘲り合ひて、時流外《なみはづ》れに粗大なる布衣を着て鐵卷《くろがねまき》の丸鞘を鴎尻《かもめじり》に横《よこた》へし後姿《うしろすがた》を、蔭にて指《ゆびさ》し笑ふ者も少からざりし。

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 西八條の花見の宴に時頼も連《つらな》りけり。其夜|更闌《かうた》けて家に歸り、其の翌朝は常に似ず朝日影|窓《まど》に差込む頃やうやく臥床《ふしど》を出でしが、顏の色少しく蒼味《あをみ》を帶びたり、終夜《よもすがら》眠らでありしにや。
 此夜、御所の溝端に人跡絶えしころ、中宮の御殿の前に月を負ひて歩むは、紛《まが》ふ方なく先の夜に老女を捉へて横笛が名を尋ねし武士なり。物思はしげに御門の邊を行きつ戻りつ、月の光に振向ける顏見れば、まさしく齋藤瀧口時頼なりけり。

   第四

 物の哀れも是れよりぞ知る、戀ほど世に怪しきものはあらじ。稽古の窓に向つて三諦止觀《さんたいしくわん》の月を樂める身も、一|朝《てう》折りかへす花染
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