らや》に一夜の宿を願ひ給ふ御|可憐《いと》しさよ。變りし世は隨意《まゝ》ならで、指《さ》せる都には得も行き給はず、心にもあらぬ落髮を逐《と》げてだに、相見んと焦《こが》れ給ふ妻子の恩愛は如何に深かるべきぞ。御容《おんかたち》さへ窶《やつ》れさせ給ひて、此年月の忍び給ひし憂事《うきこと》も思ひやらる。思ひ出せば治承の春、西八條の花見の宴に、櫻かざして青海波を舞ひ給ひし御姿、今尚ほ昨《きのふ》の如く覺ゆるに、脇《わき》を勤めし重景さへ同じ落人《おちうど》となりて、都ならぬ高野の夜嵐に、昔の哀れを物語らんとは、怪しきまで奇《く》しき縁なれ。あはれ、肩に懸けられし恩賜の御衣に一門の譽を擔ひ、竝《な》み居る人よりは深山木《みやまぎ》の楊梅と稱《たゝ》へられ、枯野の小松と歌はれし其時は、人も我も誰れかは今日《けふ》あるを想ふべき。昔は夢か今は現《うつゝ》か。十年にも足らぬ間に變り果てたる世の樣を見るもの哉。
果《はて》しなき今昔《こんじやく》の感慨に、瀧口は柱に凭《よ》りしまゝしばし茫然たりしが、不圖《ふと》電《いなづま》の如く胸に感じて、想ひ起したる小松殿の言葉に、顰《ひそ》みし眉動き、沈みた
前へ
次へ
全135ページ中119ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング