熊野の海も深からず、いづれ世に用なき此身なれば、よしや一命を召され候とも苦しからず。あゝ斯かる身は枯れても折れても野末《のづゑ》の朽木《くちき》、素《もと》より物の數ならず。只々|金枝玉葉《きんしぎよくえふ》の御身として、定めなき世の波風《なみかぜ》に漂《たゞよ》ひ給ふこと、御痛はしう存じ候』。言ひつゝ涙をはら/\と流せば、維盛卿も、重景も、昔の身の上思ひ出でて、泣くより外に言葉もなし。
第三十
二人の賓客を次の室にやすませて、瀧口は孤燈の下《もと》に只々一人|寢《ね》もやらず、つら/\思※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、93−3]《おもひめぐ》らせば、痛はしきは維盛卿が身の上なり。誰れあらん小松殿の嫡男として、名門の跡を繼ぐべき御身なるに、天が下に此山ならで身を寄せ給ふ處なきまでに零落《おちぶ》れさせ給ひしは、過世《すぐせ》如何なる因縁あればにや。習ひもお在《は》さぬ徒歩《かち》の旅に、知らぬ山川を遙《は》る/″\彷徨《さまよ》ひ給ふさへあるに、玉の襖《ふすま》、錦の床《とこ》に隙《ひま》もる風も厭はれし昔にひき換へて、露にも堪へぬかゝる破屋《あば
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