人生終に奈何
高山樗牛
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)已《や》まんか
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)人生|終《つひ》に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
−−
人生|終《つひ》に奈何、是れ實に一大疑問にあらずや。生きて回天の雄圖を成し、死して千歳の功名を垂る、人生之を以て盡きたりとすべきか、予甚だ之に惑ふ。生前一杯の酒を樂しむ、何ぞ須ひん身後千載の名、人は只※[#二の字点、1−2−22]行樂して已《や》まんか、予甚だ之に惑ふ。蝸牛角上に何事をか爭ふ、石火光中に此身を寄す、人は只※[#二の字点、1−2−22]無常を悟りて終らんか、予甚だ之に惑ふ。吁、人生終に奈何。將《は》た人は只※[#二の字点、1−2−22]死するが爲に生れたるか。
嘗て一古寺に遊ぶ、檐《のき》朽ち柱傾き、破壁摧欄、僅に雨露を凌ぐ。環堵廓然として空宇|人《ひと》を絶ち、茫々たる萋草《さいさう》晝尚ほ暗く、古墳累々として其間に横《よこた》はれるを見、猛然として悟り、喟然として嘆ず、吁、天下、心を傷《いた》ましむる斯の如きものあるか。借問《しやもん》す、是れ誰《た》が家の墳ぞ、弔祭永く至らず、墓塔空しく雨露の爲に朽つ。想ふに其の生れて世に在るや、沖天の雄志躍々として禁《た》ふる能はず、天下を擧げて之に與ふるも心《こゝろ》慊焉たらざりしものも、一旦|魂《こん》絶えて身異物とならば、苔塔墓陰、盈尺の地を守つて寂然として聲なし、人生の空然たる、哀しむべきの至ならずや。後人|碑《ひ》を建て之に銘するは其心|素《もと》より其の英名を不朽に傳へんとするにあり。然れども星遷り世變り、之が洒掃の勞を取るの人なく、雨雪之れを碎き、風露之れを破り、今や塊然として土芥に委するも人絶えて之を顧みず、先人の功名得て而して傳ふべきなし。思ひ一たび此に至れば、彼の廣大なる墓碑を立てゝ名の不朽を願ふものは何等の痴愚ぞや。嗚呼劫火烱然として一たび輝けば、大千|旦《あした》に壞《ゑ》す、天地又何の常か之れあらん、想ふに彼の功業を竹帛に留めて盛名の※[#「窮」の「弓」に代えて「呂」、242−下−2]りなきを望むものは、其の痴之れに等しきを得んや。
次へ
全2ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高山 樗牛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング