すと、それは差し閊《つか》えないだろうとの事であったので、とうとう競技会へ製作が持ち出されることになったのでした。
こういうことは皆他のしたことで、私は、出された方が好《い》いものか、悪いものか、最早製作は済んで彫工会へ渡したもので自分の自由にはならない。とにかく同会の幹部たちが出せというので陳列することになりました。
会場の中でも大きな四方|硝子《ガラス》の箱の扉《とびら》をはずして真ん中へ敷き物を敷いて四ツの狆を陳列《なら》べました。数が四つというので、見栄《みばえ》がする。見物が大勢それに簇《たか》ってなかなか評判がよろしかった。
この競技会の審査員は学芸員の人々また、実技家の主立《おもだ》った人々で、私もその一人でありました。で、いよいよ審査することになると、審査員は困りました。この作品は高村が競技的に自分の作を出したのでなく、彫工会が出品したのであって、御造営の方からの命令で出来た品であるから、それを審査するというはどんなものかというのが頭痛になったのであります。で、問題になると面倒臭いから、これだけは避《よ》けた方が好かろうという審査員たちの考えもあったことと見える。しかし高村の作として出品されているものを、審査しないということも、競技会の性質として工合が悪い。それで審査員の方では一案を考えて、これは我々は傍観態度で、この作の始末は幹部の方へ一任しよう。そうすれば、理事、会長の考えで処置されるであろうというので、幹部へ持ち込んだものですから幹部の山高信離、松尾儀助、岸光景、山本五郎、塩田真、大森惟中諸氏の手に掛かることになりました。
幹部の方々はその事を協議されたことですが、どういう風になったか、私は自分のことでもあり、また審査員の一人ではあるが、まだ年も若しするので、何事も控え目にしているのですから、ただ、傍観していましたが、自分考えでは、なるべくならば審査してくれない方がよろしいと思っておりました。審査の結了の時は、審査員すべてがさらに寄り合って、今一度精選して万一の疎忽《そこつ》のないように審査会議がありますが、その際、万事済んで行った後で、一つ事項が残っている。
「高村のこの作品をどうするか」
という問題。
「どうするといって、既に出品した以上、競技会だから審査せんという訳には行くまい。それに故人でもあることならとにかく、現存でまだ年も若い人であり、しかもこの作は丹誠の籠《こも》ったものだ。審査せんわけに行かん」
こう幹部の意見が一致した。
そこで審査することになりました。
すると、まだ審査の結果が発表にならない前日に金田氏に逢いますと、氏のいわれるには、審査の結果、君の狆は、金賞になるということを聞き出して来たが、どうもお目出たいとの話。どうもこれはお目出たいかも知れませんが、私は困りました。その困るというのはちょっと理由《わけ》もあったことであります。話が大変|管々《くだくだ》しくなって煩わしいが、委曲話すだけは話しませんと自分の思惑《おもわく》が通りませんから話して置きますが、ちょっと話しが少し戻って、私の狆の作が陳列されて幾日目かに会場へ後藤貞行氏という馬車門の彫刻家が見物に来ました。この人は私の弟子ではないが、物を彫ることは私が教えたんで親しい間柄。私の作の前に立って、つくづく狆を見ている。
「後藤さん。こんなものが出来たんだが、どう見えますか。狆に見えますかね」
私が批評を聞くと、
「まことに結構です。しかし只今、お作を拝見して、この彫刻の結構なことを思うにつけて、いと残念に思うことは、この狆をお彫りになる前にその事を私が知っていたらよかったが残念なことをしたと思いますよ。実をいいますと、このお作はどういう狆をモデルになすったか、なかなか狆としては名狆の方ではあるが、どうも大分年を老《と》っているように見受けます」
こういう答え。私は後藤氏の言葉を聞いている中に、なるほどさすが馬専門の人で、動物を平生《ふだん》からいじりつけているだけに、なかなか詳しい。この狆を老年と見た目は高いと思いながら、黙って聞いていますと、氏は言葉を次ぎ、
「それで、残念なことをしたと思いますのは、このモデルの狆よりも、もっと上手《うわて》で、恐らく日本一の名狆と思われる良《い》い狆を私の知り合いのお方が持っておられます。その狆をあなたに参考としてお見せしたら、必ずこの作以上のものがお出来だったろうと、只今、感じながら拝見している処でありますが、惜しいことをしました」
「……御尤《ごもっとも》のお言葉で……その狆は誰方《どなた》がお持ちなんですか」
「それは侍従局の米田さんの狆です。何でもよほど高価でお求めになったとかで、東京にもこれ以上のものはまずなかろうという評判で、年齢もまだ若し、それは実に素晴
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