にも狆らしくて好さそうである。
 それで私は言葉を改め、
「実は、私は近日一つ狆を彫ろうというのですが、お宅の狆はいかにも種《たね》が好さそうで、これを手本にして彫ったら申し分なかろうと思うのですが、手本にするには手元におらないと仔細《しさい》な所を見極めることが出来ませんので、甚だ当惑している次第ですが、どんなものでしょうか、無躾《ぶしつけ》なお願いですが、この狆を一週間ばかり拝借することは出来ますまいか。もっとも狆の手当てはお習いして、決して疎略にはしません。一つ御無心をお許《き》き下さるわけには参りますまいか」
 こう私は申し込みました。
 すると、細君は大変驚いた顔をして私の顔を今さらのように眺めておりました。
「そうでございますか。貴方《あなた》が狆をお彫りになるのですか。でも、生物《いきもの》のことで、ちょっとお貸しするというわけにも参りませんよ。これはもう私の子供のようにして、こうして可愛がっていますんで、暫くも私の傍《そば》を離れませんので……」
というような挨拶《あいさつ》。
 どうも、ちょっと話が纏まりそうでないから、もう何もかも本当のことをいって頼むより仕方はない
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