りに参り、遠い所でもないので暫くすると抱いて帰りました。

 二、三日は座敷に置いて狆の挙動を眺めていた。普通《なみ》の犬ころ[#「ころ」に傍点]などと異《ちが》って品の好《よ》いものでなかなか賑やかで愛嬌《あいきょう》がある。そこで第一に一つ彫り初めました。
 今日のように脂土《あぶらつち》などで原型をこしらえるのでなく、行きなり木をつかまえて彫るのです。何んでも十日という日限りもあることで、一つ写して置けば、後はまた出来るからとまず鑿打《のみう》ちに掛かり四、五日|経《た》って概略《あらまし》狆が出来、これから仕上げに掛かろうという所まで漕《こ》ぎつけ、モデルの本物の狆と比べて眺めて見ると、どうやら狆に似ているようである。まずこれならと思って、なお、きまり[#「きまり」に傍点]所など仔細に観《み》ている所へ、かねて懇意の合田義和《ごうだよしかず》氏が計らず来訪されました。この人はこの前話した漢法の名医で私の難病を癒《なお》してくれた人であります。
「どうですね。お身体《からだ》は悉皆《すっかり》よくなりましたか」と合田氏はいう。
「お蔭様で。この通り仕事も出来るようになりました。全くこれは貴方《あなた》のお丹精の賜《たまもの》です」
「それは何より結構……狆を拵《こしら》えてお出でですね。狆とはまた珍しいものですね」
「実は皇居御造営の御仕事を命ぜられましたので、狆の製作を仰せつかったような訳ですが、これは狆と見えましょうかね。物が物なので、このモデルにする狆を探すのに大骨折りをして、初めた所ですが、どんなものでしょう。狆と見えますかね」
 私は狆の見本を得ることに困難した話などしながら、出来掛かった彫刻を合田氏に見せている。合田氏は黙って私の製作を眺めていました。
「なるほど、彫刻はなかなかよく出来ているように素人《しろうと》の私にも思われますが……あなたが狆を彫刻なさると、もちっと早く知ったら、ちょうど好《い》いことがあったのにまことに残念なことをした」
と、さも残念そうに合田氏はいっているので、私はそれはどういうことですと問いました。



底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
   1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito

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